ダイカストの湯流れ及び凝固シミュレーション

Flow and Solidification Simulation of Die Castings

鋳造工学 Vol.78(2006),No.12に掲載



1.緒言

 最近ダイカストにおいてコンピュータシミュレーション技術が急激に利用されるようになってきた.特に,湯流れ,凝固,欠陥予測の分野におけるシミュレーション技術はここ数年飛躍的に進歩してきている.ここでは,市販の鋳造シミュレーションソフトCAPCASTを例にとって最近の進歩について解説する.

2.流動停止シミュレーション

 ダイカストにおいては,図1に示すように溶湯充てん過程において大きな流速分布が存在する.一般にゲート付近で流速が最も大きく,製品内の流速はオーバーフローに近づくほど小さくなる.オーバーフローに近づくほど凝固が進み金型との間にエアーギャップが生成し,ギャップサイズも大きくなる.  

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 ダイカストの湯じわ,湯境欠陥の予測をするためには鋳物/鋳型間の熱伝達係数が重要なパラメータである.流速依存性を考慮した伝熱係数hvと凝固収縮,熱応力によるエアーギャップを考慮した伝熱係数hgapによって,鋳物/鋳型間の伝熱係数hは次のように表される.

   ・・・・・(1)

各要素ごと,各タイムステップごとに(1)式からhの値を求めながら流動解析を行うことによって流動停止シミュレーションが精度良く行えるようになる.

2.1 吸引石英管テストピース

平塚,新山ら1)は,図2に示すような装置で吸引石英管の一端を溶湯に浸漬し他端を真空ポンプ,減圧タンク,電磁バルブを通して減圧吸引した.その際の石英管内の溶湯の上昇速度を高速カメラで測定している.  

解析に使用したメッシュモデル図とその拡大図を図3に示す.石英管の内径は2.3,3.5,4.6oの3種類であり,要素数は180,000である.メッシュモデルの底部には流入境界を設定し,上部には減圧度と減圧速度を調整するためにエアーとベントの要素を設定した.管径2.3mmの場合の吸引圧力と流動長の関係の解析結果を図4に示す.図中には流動停止した時点の固相率分布を示している.実験結果との比較を図5に示す.流動長は吸引圧力とともに増大し,計算値は平塚らの実測値1)と良く一致している.

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吸引圧力4. 0 kPaの場合の管径と流動長の関係の解析結果を図6に示す.実験結果との比較を図7に示す.管径が大きくなるほど流動長が長くなり,計算値は平塚らの実測値と良く一致している.

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2.2 薄肉弓字状テストピース

駒崎,蓮野ら2)3)はダイカストにおける湯流れ性を評価するために,図8に示すような薄肉弓字状テストピースを使用した.  流動停止の解析結果を図9に示す.ゲート速度の増大とともに流動長が長くなることが分かる.流動長とゲート速度の関係を図10に示す.(1)式による熱伝達係数を用いた計算値は駒崎らの実測値と良く一致している.熱伝達係数が一定値(1.2及び1.4cal/cm2. s.℃)の場合の解析結果を破線で示した.ゲート速度が20m/s付近で小さい場合にはh=1.2の場合が比較的良く一致し,ゲート速度が60m/s付近で大きい場合にはh=1.4の場合が比較的良く一致している.広い範囲のゲート速度で実測値と良く一致させるためには(1)式で示すような,流速とエアーギャップを考慮した場所と時間に依存する熱伝達係数を用いることが重要である.

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2.3 オイルパンモデル

図11に示すようなオイルパンモデルについても流動停止シミュレーションを行った.鋳物形状は幅238mm,高さ178mm,奥行き23mmで主要部肉厚は3mmである.非対称のリブが付いている.メッシュは自動分割で行い,肉厚方向には3層以上の要素を作成した.

オイルパンの不廻り解析結果を図12に示す.白地の領域が不廻りの箇所である.熱伝達係数hが0.15cal/cm2. s.℃で一定の場合と(1)式を用いて流速やギャップを考慮した場合で不廻り発生が異なる.また,hが0.15一定のほうがゲート近傍の固相率が小さい.これは流速を考慮した(1)式によるhは,ゲート付近で流速が大きいために増大するためと考えられる.また,hが0.15一定の場合には不廻り近傍の固相率が高い.これは(1)式によってギャップを考慮したhの場合には,不廻り近傍では凝固が進みエアーギャップが大きくなるにともない熱伝達係数が小さくなり,凝固の進行が遅れるためである.

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3. 湯流れ時のガス巻き込み欠陥予測シミュレーション例

2005年12月にNADCA(北米ダイカスト協会)主催で鋳造シミュレーションのコンクールが行われた.対象製品は油圧ポンプ用のエンジンブロックであり,5社がコンクールに参加した.ここでは,CAPCASTの解析例を紹介する.

湯流れ完了時の温度分布を図13に示す.(a)は湯先が堰前に来た時点で高速切替した場合であり,(b)は湯先が製品内に入ってから高速切替した場合である.(b)では,高速に切替える時間が遅れるために溶湯温度が低下し易く,堰近くのフィン部分で凝固の進行が速く,不廻り,湯じわ欠陥の可能性が指摘される.

湯流れ時のキャビティ内のガス圧力を図14に示す.白地の領域は溶湯が充填されている箇所である.(a)の堰前で高速切替した場合のほうが(b)の製品内で高速切替した場合よりガス圧力は高くなっている.特に堰近くのフィンの部分で差が大きい.従って,鋳物のガス巻き込み欠陥を減少させるには,(b)の製品内で高速切替した場合のほうがキャビティ内のガス圧が減少して,有利であると考えられる.

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湯流れ完了時の巻き込みガス量を図15に示す.ガス量は大気圧0℃規準での100g当りの量(cc)で表した.この解析結果でも(a)の堰前で高速切替した場合のほうが巻き込みガス量が大きくなることが分かる.湯流れ完了時の巻き込みガスサイズを図16に示す.(a)の堰前で高速切替した場合のほうが巻き込みガスサイズは少し大きくなる. 湯流れ完了時の巻き込みガス圧力を図17に示す.(a)の堰前で高速切替した場合のほうが,鋳物内の巻き込みガスのガス圧力が高い部分が多くあることが分かる.図16と図17を見比べると,湯流れ完了時において,巻き込みガスは100〜300μmのサイズのガスポロシティでそのガスポロシティ内のガス圧力は10〜60Mpa(100〜600atm)であることが分かる.

表1に湯流れ完了時の巻き込みガス量の比較を整理した.鋳物部分の体積は1333cm3であり,全巻き込みガス量と平均巻き込みガス量で表示した.堰前で高速切替した場合に比べて製品内で高速切替した方が巻き込みガス量は約40%減少することが分かった.また,スリーブ内でのガス巻き込みを考慮した解析結果は考慮しない場合に比べて約30%巻き込みガス量が増加している.

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4.ポロシティ欠陥予測シミュレーション例

ダイカスト鋳造における凝固時のポロシティ成長の模式図を図18に示す.まず(a)に示すように,湯流れ時に発生した巻き込みガスポロシティが鋳物中に存在している.ビスケット部が増圧されて溶湯圧力が増大するためにポロシティサイズは図16に示した値よりも小さくなっている.次に(b)に示すように,鋳物の凝固が進行するとともにビスケット部からの加圧力の効果が小さくなり,鋳物内の溶湯圧力が減少することによってポロシティサイズが拡大される.凝固末期には(c)に示すように,ポロシティ自身が周囲の残留液相の凝固収縮を補給するために,ポロシティサイズが大きくなる.

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図19に,湯流れ完了後,ビスケット部分から増圧した時点の溶湯圧力分布を示す.(a)は700atm増圧の場合で(b)は200atm増圧の場合である.当然であるが,700atm増圧では鋳物内の溶湯圧力は200atm増圧に比べて相当に高くなる.

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凝固後のポロシティ量の比較を図20に示す.ポロシティ量0.5%以上の領域を表示している.ここでのポロシティ量は,図18で説明したように,湯流れ時の巻き込みガスポロシティが増圧でいったん小さくなり,凝固の進行とともに増圧効果が小さくなるためにポロシティサイズが大きくなる.それとともに凝固末期までに周囲の残留溶湯の凝固収縮を補うためにポロシティがさらに成長したものである.(a)の700atm増圧した場合の方が(b)の200atm増圧に比べて,ポロシティ量0.5%以上の領域はかなり少なくなっている.

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堰前で高速切替した場合の凝固後のポロシティサイズを図21に示す.(a)の700atm増圧した場合では(b)の200atmに比べてポロシティサイズが小さいことが分かる.ビスケット部分からの増圧が大きいとポロシティの成長が抑えられるためである.700atm増圧の場合の凝固後のポロシティ量に及ぼす高速切替タイミングの影響を図22に示す.ポロシティ量0.5%以上の領域を塗りつぶしてある.(a)の堰前で高速切替した場合よりも(b)の製品内で高速切替したほうがポロシティ量が少ないことが分かる.これは,図15に示すように湯流れ完了時の巻き込みガス量が製品内で高速切替したほうが少ないためである.

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凝固完了後のポロシティ量の比較を表2に整理した.鋳物の体積が1333cm3に対して,全ポロシティ量(cm3)と平均ポロシティ量(%)で整理した.堰前で高速切替した場合に比べて製品内で高速切替した場合には全ポロシティ量,平均ポロシティ量ともにほぼ半分に減少している.また,増圧が700atmの場合は200atmの場合に比べて全ポロシティ量ともに約1/3に減少している.

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従って,ここで紹介した解析例では,製品内で高速切替した場合には,ゲート近くのフィン部分で湯じわ,湯境が発生し易いが,凝固後のポロシティ量は確実に減少されることが分かった.

5.結言

ダイカストの湯流れ,凝固解析の最近の進歩の一例について紹介した.

(1)流動停止シミュレーションは,流速とエアーギャップの影響を考慮した熱伝達係数を用いて,吸引石英管テストピース,薄肉弓字状テストピース,オイルパンモデルについて精度良く解析できるようになった.

(2)エンジンブロックの例で示したように湯流れ時の巻き込み予測シミュレーションはガス量,ガスサイズ,ガス圧力を解析できるようになった.

(3)また,凝固時のポロシティ欠陥予測シミュレーションは凝固後のポロシティ量とポロシティサイズを解析できるようになった.

参考文献
1) 平塚,新山,堀江,安斎,舟窪:鋳物66(1994),418
2) 駒崎,浅田,渡辺,佐々木,西:鋳物67(1995)689
3) 蓮野,浅田,村島,岩国,西:鋳物71(1999),449



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