湯流れシミュレーションを利用したタグチメソッドによるダイカスト鋳造条件設計

Casting Simulation of Light Metal Casting

2008日本ダイカスト会議論文集 に掲載



1.緒言

 最近,鋳造コンピュータシミュレーションを利用する鋳造条件最適化の必要性が高くなってきた.また実鋳造品の品質には複数の要因が同時に影響しているが,従来の最適化手法では一つの要因しか扱えない場合が多い.そこで複数の制御因子を変化させた出力変動から最適条件を求めることが可能なダグチメソッド1)2)に湯流れシミュレーションを利用することを試みた.ダイカスト鋳造欠陥として不廻りとガス巻き込みを取り上げ,市販の鋳造シミュレーションソフトCAPCASTで最適鋳造条件設計を行った.

2. 解析モデルと計算方法

 湯流れシミュレーションに用いた解析モデルは,凹凸を設けた3mm厚の薄肉部と厚肉フランジからなる製品部に方案とスリーブを付けておりその形状を図1に示す.薄肉部の凹凸により不廻り・湯境欠陥,ガス巻き込み欠陥の発生しやすい形状とした.湯流れシミュレーションはADC12合金のダイカスト鋳造について行った.溶湯温度低下による流動停止を考慮し,タグチメソッド適用に必要な鋳造条件で不廻り・湯境欠陥とガス巻き込み欠陥を予測した.    
図1 解析に用いた自動FEMメッシュモデル

図2に示す3種の方案はタグチメソッド制御因子の一つに設定するための形状である.製品下部と両側面に堰を設けた「ランナー大」,下部と不廻りの発生しやすい凹凸部のある側面のみとした「ランナー中」,下部のみの「ランナー小」について検討した.メッシュは有限要素法の自動メッシュ作成が可能なCAPCASTで作成した.        
(a)ランナー大 (b)ランナー中 (c)ランナー小
図2 鋳造方案の種類

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3. タグチメソッドへの入力条件設定

 タグチメソッドを適用するための湯流れシミュレーション計算条件は直行表L18により作成した1)2).方案,鋳造速度,注湯温度等7個の制御因子を決定し,表1に示す3水準に変化させることとした.但し因子Aの高速切替時間は堰前と製品内の2水準とした.これらの制御因子A〜Gはアルミダイカスト鋳造で重要と考えられる鋳造条件であり,タグチメソッドにより各因子の影響の大小と最適条件が求まる.
表1 制御因子の水準
 

表2は誤差因子とその水準の設定条件で,制御因子C〜Gに±10%ずつ与えた.但しEの注湯温度は±10℃とした.後に各計算条件のSN比(出力変動)を求めるためには誤差因子を設定することが重要となる.
表2 誤差因子とその水準

 制御因子A〜Gを表3に示すように直行表L18へ割り付けた.7因子全ての組み合わせは1458通りもの膨大な数になるが,タグチメソッドは表3に示す18通りの結果だけで複数因子の最適条件を設計できることが最大の特徴である.  これら18通りの組み合わせについて湯流れシミュレーションを行い,欠陥予測結果を定量化した.タグチメソッドの望小特性評価手法を用いて最適鋳造条件設計を試みた.求まった最適条件で再度湯流れシミュレーションを行いその妥当性を検討した. 伝達率で放熱が行われる.
表3 直行表L18への各制御因子の割り付け

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4. 不廻り,湯境量の評価方法と解析例

 表4は湯流れシミュレーションを行った鋳造条件の一例である.図3はその結果で,数値は湯面衝突時の固相率である.この値が高い位置には湯境が予測され,流動停止による不廻りも発生していることがわかる.  不廻り,湯境予測解析では流速とエアギャップを考慮した場所と時間に依存する熱伝達係数を用い,粘性係数の固相率依存性を考慮することが重要である3)4)
表4 湯流れシミュレーション(図3)の鋳造条件
図3 湯流れシミュレーションによる湯境予測結果

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湯境量は次式により求めた. 製品部分湯境量(cm3)=Σ[要素体積×湯面衝突時の固相率(>0.05)]+不廻り体積 但し,湯面衝突角度≧100°を湯境判定候補    

図3の解析例では製品部分湯境量が32.4(cm3)となった.尚,製品部体積は816.1(cm3)である.表3の18条件の解析結果についてこの計算方法で湯境量を求めた.  

図4は湯境量に及ぼす高速スピードの影響で,速いほど湯境量が減少していることがわかる.
図4 湯境量に及ぼす高速スピードの影響

 図5は湯境量に及ぼす金型温度の影響で,温度が高いほど湯境量が減少していることがわかる
図5 湯境量に及ぼす金型温度の影響

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 図6は湯境量に及ぼす高速切替時間,低速スピードの影響である.上段のように堰前で切り替えた方が下段の製品内切替より湯境量が減少することがわかる.これは堰前切替の方が製品部充填に要する時間が短くなったためと考えられる.また,低速スピードが速いほど湯境量が減少していることもわかる.
図6 湯境量に及ぼす高速切替,低速スピードの影響

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5. ガス巻き込み量の評価方法と解析例

  表5は湯流れシミュレーションを行った鋳造条件の一例である.図7はその結果で,数値は巻き込みガス量である.
表5 湯流れシミュレーション(図7)の鋳造条件
図7 湯流れシミュレーションのガス巻き込み結果

  ダイカスト製品は湯流れ時に溶湯の乱れによってガスの巻き込み欠陥を発生しやすく,熱処理した際にブリスター欠陥が発生しやすいことは良く知られている.巻き込みガス量は大気圧0℃規準での100g当りの量(cc)で表してある3)4)

 各解析条件の製品部分巻き込みガス量は次式により求めた. 製品部分巻き込みガス量(cc)=Σ[要素体積×ガス巻き込み量×2.55/100] 但し,2.55(g/ cm3)はADC12合金の密度

  図7の解析例では製品部分ガス巻き込み量が19.4(cc)となった.尚,製品部体積は816.1(cc)である.表3の18条件の解析結果についてこの計算方法でガス巻き込み量を求めた.  図8はガス巻き込み量に及ぼす方案の影響で,「ランナー小」のガス量が最も少ないことがわかる.湯流れ中に溶湯が乱れにくい方案であるためと考えられる

図8 ガス巻き込み量に及ぼす方案の影響
  

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図9はガス巻き込み量に及ぼす注湯温度の影響で,650℃と620℃のガス量が680℃に比べて少なかった.注湯温度よりむしろ湯流れパターンの違いが原因と考えられる.

図9 ガス巻き込み量に及ぼす注湯温度の影響

図10はガス巻き込み量に及ぼす高速切替時間,低速スピードの影響である.下段のように製品内で切り替えた方が上段の堰前切替よりガス巻き込み量が減少することがわかる.これは製品内切替の方が製品部充填中の溶湯の乱れが減少するためと考えられる.また,低速スピードが遅いほどガス巻き込み量が減少していることもわかる.

図10 ガス巻き込み量に及ぼす高速切替,低速スピードの影響

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6. タグチメソッドによる最適鋳造条件設計

 表3の18条件の湯流れシミュレーション結果から各条件のSN比(出力変動)を望小特性として求めた2).表6は湯境欠陥に関するSN比,表7はガス巻き込みに関するSN比を求めた結果である。望小特性においてはSN比の値が大きいほど誤差因子による出力変動が小さいことを示している.  これらのSN比を各制御因子で整理し,要因効果図として図11に示す.SN比が大きい条件では欠陥が発生しにくいことを示している.また,グラフの勾配が大きい因子ほど欠陥発生に及ぼす影響が大きい.  湯境欠陥に関しては高速切替時間,低速スピード,高速スピードの影響が大きく,金型温度もこれらに準じて大きいことがわかる.堰前切替とし,低速,高速ともに速くし,金型温度を高くした方が湯境欠陥は発生しにくいと考えられる.  ガス巻き込み欠陥に関しては高速切替時間,方案,低速スピードの影響が大きいことがわかる.製品内切替,ランナー小とし,低速スピードを遅くした方がガス巻き込み欠陥は発生しにくいと考えられる.  図11の要因効果図でSN比の大きい条件を組み合わせて最適鋳造条件として湯流れシミュレーションを行い,その妥当性を検討した.図12は湯境欠陥に関する最適鋳造条件の結果である.溶湯温度の低下,衝突が減少し,製品部分の湯境量は0となった.また,図13はガス巻き込み欠陥に関する最適鋳造条件の結果である.製品部充填中の溶湯の乱れが減少し,製品部分の巻き込みガス量は1(cc)以下と非常に少なくなった.これらの結果から,湯流れシミュレーションを利用したタグチメソッドによる最適鋳造条件設計は有効であると考えられる.

表6 湯境欠陥に関するSN比の計算結果
表7 ガス巻き込み欠陥に関するSN比の計算結果
図11 SN比(出力変動)に対する要因効果図

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A(前),B(小),C(35),D(300),E(670),F(300),G(300) A(後),B(小),C(15),D(200),E(640),F(100),G(200)
図12 湯境欠陥に関する最適鋳造条件と解析結果 図13 ガス巻き込み欠陥に関する最適鋳造条件と解析結果

7.結言

鋳造シミュレーションを活用する鋳造条件の最適化は,試作回数を減少させ,不良率を低下させ,納期を短縮させることにつながる.鋳造欠陥には複数の要因が影響するため,少ない試行回数で複数因子を最適化できるタグチメソッドは大変有効な手法である.今回はダイカスト鋳造の代表的な欠陥として不廻り欠陥,ガス巻き込み欠陥を取り上げた.湯流れシミュレーション結果を利用してタグチメソッドによる最適化を試み,求めた最適条件で再解析することでその有効性が確認できた.タグチメソッドを適用して良い結果を得るためには,目的関数,制御因子,誤差因子の設定が重要であるが,鋳造シミュレーションの予測精度が非常に良いことは必須である.今後は複数の鋳造欠陥も対象としてタグチメソッドを有効活用可能とし,迅速な最適化ツールとして役立つよう鋳造シミュレーションの改良に取り組んでいきたい.

参考文献
1) 小笠原:2006日本ダイカスト会議論文集,131344
2) 立林:入門タグチメソッド,日科技連,116(2004)
3) 久保:鋳造工学,76(2004),1022
4) 久保:鋳造工学,78(2006),620



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