AC2B合金板状鋳物におけるFeおよびMn量がひけ性に
与える影響を考慮した凝固解析

Solidification Simulation of JIS AC2B Alloy Plate Casting Considering Effects of Fe and Mn on Shrinkage Porosity

鋳造工学 Vol.87(2015),No.11に掲載



1.諸言

 アルミニウム合金鋳物において鉄などの不純物は鋳物の品質を低下させると言われている1)2). 鉄量を減少させることは鋳物の機械的性質の向上に大きな効果があるが,実際には地金材料やリターン材から混入して機械的性質を低下させることが多い. また,岩堀ら3)によると,AC2B合金鋳物において鉄量が多くなるとポロシティ欠陥を増大させるとの報告がある. さらに岩堀らは鉄量が高くても,マンガンを少量添加することによってポロシティ欠陥の発生を抑えることができるとも報告している. 本研究では,岩堀らの実験結果を凝固・欠陥解析で再現し,ひけ性に及ぼす鉄とマンガンの影響を明確にすることを目的とした.

2.解析方法

2.1岩堀らの実験

 岩堀らの実験を再現するために作成した鋳物形状の有限要素法メッシュモデルを図1に示す. 板状鋳物の中央に凸部を持つ砂型鋳物で,上部に断熱イソライトれんがで囲まれた押湯が設置されている.押湯幅は40〜140mmの範囲で変更した.

   
図1 板状鋳物の形状と解析用FEMメッシュモデル

 岩堀らの実験に使用されたAC2B合金の成分範囲を表1に示す.鉄量は,0.50%,0.79%,0.96%,1.15%の4段階で変化させ, マンガン量は0.01%以下と0.3%の2段階である.

   
表1 岩堀らによるAC2B合金鋳物の成分

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 岩堀らによる実験で得られた冷却曲線を図2に示す.これについて,まず凝固解析を行い実験の冷却曲線と解析結果について合わせ込みを行った.
この凝固解析には市販の鋳造シミュレーションソフトウェアCAPCAST®を使用した.また,この解析に使用した物性値と初期条件を表2に整理した.
   
図2 岩堀らによる実験冷却曲線
   
表2 解析に使用した物性値と初期条件

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 凝固解析結果と実験結果の冷却曲線が一致するように,凝固時の固相率と温度の関係を各成分について求めた. 最終的に得られた冷却曲線の比較を図3に,この計算で使用した固相率と温度の関係を図4に示す. こうして得られた固相率と温度の関係を使用して,以下の欠陥解析を行いAC2B合金に含まれる鉄量とマンガン量がポロシティ発生に及ぼす影響を検討した.

   
図3 冷却曲線の実験結果と計算結果の比較
   
図4 AC2B合金の凝固時の温度と固相率の関係

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2.2 計算原理

 ポロシティ欠陥解析は,デンドライト間流動を考慮した手法を用いた4). これは図5に示すように,溶湯内のガス圧が溶湯圧よりも大きくなったときにデンドライトの根元でガス気泡として核生成し,凝固の進行とともにポロシティが成長するというモデルである. この解析のモデルは以下の連続の式で表される.    
図5 欠陥予測シミュレーション原理の模式図

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(1)式の意味は以下の通りである.

アルミ鋳物は凝固時に収縮し(第1項),それをデンドライト間溶湯補給によって補おうとする(第2〜4項). しかし凝固時の収縮をデンドライト間溶湯補給により補いきれない場合にはポロシティが発生,成長する(第5項).
 また,溶湯補給のデンドライト間流動の流速は,次のDarcyの式で表される.

また,透過率はKozeny-Carmanモデルに溶湯補給係数αを付与した(5)式により求めた. 溶湯補給係数が大きいほど連続の式におけるデンドライト間溶湯補給量は少なくなる. すなわち溶湯補給係数の値が大きいほど引け巣欠陥が発生しやすくなる. 本研究ではこの溶湯補給係数を変化させて欠陥解析を行った.

2.3 欠陥解析

 2.1で求めた固相率と温度の関係と(1)〜(5)式を用いて欠陥解析を行い,製品部に欠陥が発生しない必要押湯幅について成分ごとに実験と合わせ込みを行った. 欠陥解析は,市販の鋳造シミュレーションソフトウェアCAPCAST®を使用した.このとき溶湯補給のし易さを(5)式で示した溶湯補給係数として与えて, これを変化させることで必要押湯幅の合わせ込みを行った.使用した溶湯補給係数を図6に示す.この溶湯補給係数の値は解析と実験とを合わせ込んで得られた値である.

 また,市販のCALPHADソフトJMatPro®を用いて成分ごとの固相率と温度の関係及び凝固時の晶出相量の変化について計算を行い, ひけ性の考察に役立てた.
図6 溶湯補給係数と鉄量の関係

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3.解析結果

3.1 鉄量の影響

 岩堀らによって得られた鉄量と必要押湯幅の関係を図7に示す. 鉄量の増加とともに製品部分に欠陥を発生させないために必要な押湯幅が大きくなることを示している. 図中示した鉄量が0.5%,0.79%,0.96%について凝固・欠陥解析を行った.
図7 岩堀らによる必要押湯幅と鉄量の実験結果

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 鉄量が0.50%で押湯幅50mmの場合の150s時点での,ポロシティ量,溶湯圧,ガス圧,液相率の関係を図8に示す.この時点で押湯部分に引け巣ポロシティが発生しており, ポロシティの発生した箇所での液相率は30〜40%程度である.溶湯圧は0.01MPa以下になっているがガス圧が0.01MPa以上あるためガスポロシティが核発生し,成長することが分かる.
図8 0.50%Fe合金の押湯幅50mmにおける150sでのポロシティ量,溶湯圧,ガス圧,液相率

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 0.50%Fe合金の場合の解析と実験の比較を図9に示す.押湯幅が40mmと50mmでは製品内部に5%以上のポロシティが発生している. 一方で押湯幅が60mmと70mmでは,製品内部に5%以上のポロシティは発生しない.
図9 0.50%Fe合金における各押湯幅の解析(中心断面)と実験の結果

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 0.79%Fe合金の場合の解析と実験の比較を図10に示す.押湯幅が70mmと80mmでは製品内部に5%以上のポロシティが発生している. 一方で押湯幅が90mmと100mmでは,製品内部に5%以上のポロシティは発生しない.0.50%の場合と比べて,欠陥を防止するのに必要な押湯幅は大きくなっている. つまり,溶湯補給性が鉄量の増大と共に悪くなっている.
図10 0.79%Fe合金における各押湯幅の解析(中心断面)と実験の結果

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 0.96%Fe合金の場合の解析と実験の比較を図11に示す.押湯幅が90mmと100mmでは製品内部に5%以上のポロシティが発生している. 一方で押湯幅が110mmと120mmでは,製品内部に5%以上のポロシティは発生しない.0.79%の場合と比べて,欠陥を防止するのに必要な押湯幅はさらに大きくなっている. つまり,鉄量の増加により溶湯補給性がさらに悪くなっている.この現象について解析で予想可能となった.
図11 0.96%Fe合金における各押湯幅の解析(中心断面)と実験の結果

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3.2 マンガンの影響

 岩堀らによって得られたマンガン量と必要押湯幅の関係.を図12に示す.図中の鉄量が1.15%でマンガン量が0.3%の場合について凝固・欠陥解析を行った.
図12 岩堀らによる必要押湯幅とマンガン量の実験結果(1.15%Fe)

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 解析と実験の比較を図13に示す.押湯幅が50mmと60mmでは製品内部に5%以上のポロシティが発生している. 一方で押湯幅が70mmと80mmでは,製品内部に5%以上のポロシティは発生しない.マンガンを含まない合金の場合と比べて,欠陥を防止するのに必要な押湯幅は小さくなっている. つまり,マンガンを含む場合は溶湯補給性が改善されている.この現象について解析で予想可能となった.
図13 1.15%Fe-0.3%Mn合金における各押湯幅の解析(中心断面)と実験の結果

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3.3考察

 岩堀ら3)は,鉄量増加にともなう引け巣欠陥量の増大は,針状の鉄化合物AlFeSiが晶出するためであり, 鉄量の増加とともに晶出温度が高温側に移行することで凝固初期に溶湯補給性が失われると報告している.また岩堀ら3)は, マンガン添加による溶湯補給性の向上は,鉄化合物が針状から漢字状に晶出形態を変えることにより,溶湯補給が低温側まで持続するようになったためであろうと報告している.

 CALPHAD計算による0.50%Fe合金の凝固時の固相率と温度の関係を図14に示す. これは合金がScheilの式に基づいて凝固する際の固相率と温度を計算したものであり,図中には晶出する相の割合も示している. 計算の仮定としては温度が均一で固相内の溶質は拡散せず,液相内の溶質は完全に均一に拡散するという条件である. 最初にAl相が晶出し始め,40%程度Al相が晶出した570℃付近で鉄化合物AlFeSi相が晶出し始める.その後,各種の金属間化合物が晶出する.
図14 計算による0.50%Fe合金の凝固時の固相率と温度の関係

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 0.79%Fe合金と0.96%Fe合金のCALPHAD計算による凝固時の固相率と温度の関係を図15,16に示す. 鉄化合物AlFeSi相が晶出し始める温度はそれぞれ約585℃と590℃であり,鉄量の増大と共に鉄化合物AlFeSi相の晶出温度が高くなっていることがわかる. これが鉄量の増大と共に溶湯補給性が悪くなり欠陥発生を抑えるために必要な押湯幅が大きくなる原因だと考えられる. つまり,鉄量の増大とともに溶湯補給性を悪化させる針状の鉄化合物が晶出することで,図6に示したように溶湯補給係数が大きくなり欠陥が発生しやすくなる.
図15 計算による0.79%Fe合金の凝固時の固相率と温度の関係
図16 計算による0.96%Fe合金の凝固時の固相率と温度の関係

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 1.15%Fe-0.3%Mn合金のCALPHAD計算による凝固時の固相率と温度の関係を図17に示す. この合金ではAlFeSi相が晶出し始める温度は約580℃と低下しており,その代わりに凝固開始より漢字状晶(ALPHA_AL15)が晶出している.
図17 計算による1.15%Fe-0.3%Mn 合金の凝固時の固相率と温度の関係

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 Backerudら5)がB319.1合金(AC2Bと類似の規格)の冷却速度0.6℃/sでの凝固組織を報告しているが, 初晶α相内部に漢字状組織が晶出している写真を示している. また岩堀ら3)は熱分析と組織観察を行い,1.15%Fe-0.3%Mn合金の場合は初晶Alと漢字状晶の共晶が同時に成長するように観察されると報告している.

 以上より,マンガン添加の有無による凝固中の組織の模式図を図18に示す. (a)がマンガンを添加しない場合で,(b)がマンガンを添加した場合である.どちらも,白色はAl初晶で,灰色は残留液相である. (a)のマンガン添加の無い場合には,残留液相内に黒色で示す針状の鉄化合物AlFeSi相が晶出する. 残留液相中にこのような化合物が晶出することで溶湯補給がしにくくなり,欠陥が発生し易くなる. また合金中の鉄量が増加するほど,凝固の早い時点からAlFeSi相が晶出して溶湯補給性が減少して欠陥が発生し易くなる. 一方(b)のマンガンを添加した場合では,漢字状晶が初晶Al相と合体して晶出することで灰色の残留液相内には鉄化合物が晶出しない. このとき流動抵抗の増加は小さく溶湯補給性が良いため欠陥が発生しにくいと考えられる. 図6に示したように,1.15%Fe-0.3%Mn合金の溶湯補給係数は0.5%Fe合金と同程度に小さく,溶湯補給性が良く欠陥が発生しにくいことが分かる.

図18 マンガン添加の有無による凝固中の組織の模式図

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4.結言

 岩堀らのAC2B合金鋳物の引け巣欠陥の実験結果について凝固・欠陥解析を行い,ひけ性に及ぼす鉄とマンガンの影響を検討し,以下の結論が得られた. 

(1)AC2B合金鋳物の凝固解析により冷却曲線を合わせ込むことで鉄やマンガンの影響を固相率と温度の関係として求めた.

(2)求めた固相率と温度の関係を用いて欠陥解析を行い,必要押湯幅について実験と解析が一致するように,溶湯補給係数の合わせ込みを行った.

(3)鉄量が増加すると溶湯補給性が悪くなり溶湯補給係数が増大し,欠陥を防止するのに必要な押湯幅が大きくなることを解析で再現した.

(4)マンガンを添加すると,溶湯補給性が改善され欠陥を防止するのに必要な押湯幅が小さくなることを解析で再現した.

(5)鉄量の増大と共に溶湯補給性が悪くなるのは,残留液相中に針状の鉄化合物AlFeSi相が多く晶出して溶湯補給性が悪化するためと考えられる.

(6)マンガンを添加した場合は,漢字状晶が初晶Al相と合体して晶出するため凝固初期の残留液相内に鉄化合物AlFeSi相が晶出しない. そのため流動抵抗の増加が小さく溶湯補給性が改善すると考えられる.

参考文献

1) 小宮山芳朗,内田邦彦,郡市政広:軽金属 26 (1976) 3111
2) 佃誠,原田雅行,鈴木敏夫,小池進:軽金属 28 (1978) 109
3) 岩堀弘昭,高宮博之,米倉浩司,山本善章,中村元志:鋳造工学 60 (1988) 590
4) K.Kubo and R.D.Pehlke : Metall. Trans. 16B (1985) 359
5) L.Backerud,G.Chai,and J.Tamminen : Solidification Characteristics of Aluminum Alloys Volume 2 (AFS/SKANALUMINIUM) (1990) 100



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