表面張力と酸化被膜の影響を考慮した
薄肉平板アルミニウム合金鋳物の湯流れ解析

Mold Filling Simulation of Thin Plate Aluminum Alloy Casting Considering Effects of Surface Tension and Oxide Film

鋳造工学 Vol.88(2016),No.3に掲載



1.緒言

 自動車に代表される産業機械部品の軽量化対策の一つとして鋳物の薄肉化が挙げられる. しかしながら,薄肉部の湯流れは表面張力や酸化被膜の影響により複雑な挙動となることが知られている. 中江ら1)は肉厚3mmのAl-12.6%Si合金薄肉平板鋳物の湯流れを高速カメラによりその場観察を行い,傾斜のない湯流れが複雑な形態の不安定流れになることを報告した. 森ら2)は同じ薄肉平板鋳物で鋳型空間の酸素濃度を変化させて湯流れのその場観察を行い, 酸素濃度が高いほど扇状に広がった流れになりにくく直線的な流れになることを報告した. これらの実験で得られた事実をシミュレーションにより再現できれば,薄肉部の湯流れ不良や湯境の対策に役立つと考えられる. 本研究では中江ら1)及び森ら2)による湯流れのその場観察で得られた結果を湯流れシミュレーションで再現できるかの検討を行った.

2.実験方法

 実験装置を図1に示す.鋳込み条件を一定にする目的で,前報1)にあるように湯口上部に底に10mmの孔を開けた2号黒鉛るつぼを受け口として設けた. また前報と異なり,今回の実験では鋳型内の雰囲気を空気,低酸素(アルゴンガス)及び高酸素(酸素ガス)とした. その他,上型・下型共に耐熱ガラス板を用いた.鋳型空間の先端部に,外径10mmの鋼管に直径2mmの孔を10mm間隔で9個開けたガス吸引パイプを取付け, 空間内のガスを真空ポンプで吸引することで,鋳型空間先端まで確実に雰囲気ガスを充満させた. 吸引したガス中の酸素濃度を酸素センサーで測定し,これらの酸素濃度をリアルタイム表示した. そして920℃から930℃に加熱・保持したAl-Si共晶合金溶湯を,直接受口の孔に入らないよう,受口の側面に当たるように静かに注いだ. これは注湯速度を一定にするためである.その湯流れ挙動を毎秒200コマの高速カメラによりその場観察を行った. この間,真空ポンプは稼働したままにして,鋳型空間内のガス抜きを行った.真空ポンプを稼働させたままにしたことによる湯流れパターンへの影響は見られなかった.

   
図1 実験装置

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 ガス中の酸素濃度がほぼ一定になった段階で鋳込みを行った. この時の酸素濃度は,低酸素雰囲気では約1.0%O2,高酸素雰囲気では約50%O2であった.

3.解析方法

3.1 計算原理

 表面張力や酸化被膜の影響を考慮した湯流れシミュレーションでは, 運動方程式として次のナヴィエ・ストークスの式を使用した.

また,次の連続の式を用いた.

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(1)式では,ナヴィエ・ストークスにおける外力の項として,溶湯の表面張力項FSの影響を考慮した. 表面張力項については表面積と表面張力(0.9N/m)3)の関数として,体積力に置き換える平田ら4)の方法を用いた. 酸化被膜による抗力については次のような取扱いを行った.

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酸化被膜による抗力としては,(3)式により酸化被膜を破って進むことが出来ずに流速が減速される影響を考慮するための係数としてC1を導入した. この係数C1は酸化被膜の生成し易さの係数であり,0.0から1.0の範囲で変化させた. 低酸素雰囲気,空気雰囲気及び高濃度酸素雰囲気における係数C1はそれぞれ合わせ込みによって求めた1.0,0.7,0.001を使用した. このように(3)式により酸化被膜に垂直方向の流速ベクトルを減少させて,溶湯表面での境界条件とすることで酸化被膜による抗力を考慮した. 以上のようにして表面張力と酸化被膜の湯流れに対する影響を考慮した解析を行った.

3.2 解析条件

 平板鋳物の形状と解析用メッシュモデルを図2に示す.鋳物は湯口高さ100mmの薄肉平板鋳物で,平板は厚さ3mm×幅90mm×長さ230mmである. メッシュサイズは約0.6mmで,平板の肉厚方向が5分割されるようにメッシュ作成を行った.図3に傾斜を変化させた解析用メッシュモデルを示す. 鋳型の傾斜は,水平,堰から鋳型空間に向かって下り傾斜(-15.5°)及び上り傾斜(+15.5°)の3種類とした.

   
図2 板状鋳物の形状と解析用FEMメッシュモデル
   
図3 傾斜を変化させたFEMメッシュモデル

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 解析には市販の鋳造シミュレーションソフトウェアCAPCAST®を表面張力と酸化被膜を考慮できるように変更して行った. 表1に解析に使用した物性値と初期条件をまとめて示した.また,本研究の解析における雰囲気の影響の考慮を表2に整理した. 本研究では表面張力と酸化被膜の影響を考慮したが,低酸素雰囲気の解析では酸化被膜の生成し易さの係数C1を1.0としたため,酸化被膜の影響を考慮しない場合と同じとなる. また注湯条件については,湯流れ観察結果より充填時間を測定し,充填時間と鋳物体積から一定流速を計算して境界条件とした.

   
表1 解析に使用した物性値と初期条件
   
表2 解析における雰囲気の影響の考慮

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4.解析結果

4.1 空気雰囲気の結果

 空気雰囲気での水平方向の実験と解析の湯流れパターンを図4に示す.上段が実験結果で下段が解析結果である. 解析結果でピンク色の部分は壁面まで溶湯が充満した部分であり,茶色の部分は自由表面になる. 最初は実験と解析共に堰から徐々に広がって溶湯が侵入していくが,実験では途中から複雑な流れとなっている. 中江ら1)はこの複雑な流れを不安定流れと呼んでおり,この原因は表面張力であろうと述べた. しかし本研究では表面張力を考慮した解析を行ったにもかかわらず不安定流れを再現することは出来なかった. 表面張力以外の要因も不安定流れには関係しているものと考えられる.空気雰囲気での水平方向の温度と流速ベクトルの解析結果を図5に示す. 温度は全体的に均一に低下している.流速ベクトルは堰部で最も大きく,板の中では堰からの直進部分で流速ベクトルは比較的大きく,中心から幅方向に外れるに従って減少している.

図4 空気雰囲気での水平方向の実験と解析の湯流れパターン
図5 空気雰囲気での水平方向の温度と流速ベクトルの解析結果

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 図4の実験結果と解析結果が異なる原因は,以下のように考えられる. アルミニウム合金の湯流れは,湯先先端の酸化被膜を破りながら進んでおり,その抵抗により先端の流速は減少している. しかし本研究の解析では酸化被膜を破るときの抵抗については考慮できていない. したがって,図5の湯先先端の流速ベクトルは実際よりも大きい値であり,これが本解析で不安定流れを表現できない理由の一つであると考えられる.

 空気雰囲気での下り傾斜-15.5°の実験と解析の湯流れパターンを図6に示す. 実験と解析は共に堰から真っ直ぐに堰の付いていない反対面まで進み,反対面で衝突して反対側から充満される. このとき,水平の場合と異なり不安定流れは起こらなかった.堰からの下り傾斜では下方へ滑り落ちる重力の効果が支配的となりこのような流れになったと考えられる. 空気雰囲気での下り傾斜の温度と流速ベクトルの解析結果を図7に示す. 温度は堰から真っ直ぐの領域の温度が高く,堰から反対側面に衝突して戻ってくるにしたがって温度が低下している. 流速ベクトルは堰部よりも重力の影響を受けた堰からの直進部分が最も大きく,衝突して戻ってくる溶湯の流速ベクトルは小さくなっている.

図6 空気雰囲気での下り傾斜-15.5°の実験と解析の湯流れパターン
図7 空気雰囲気での下り傾斜-15.5°の温度と流速ベクトルの解析結果

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 空気雰囲気での上り傾斜+15.5°の実験と解析の湯流れパターンを図8に示す. 実験も解析も堰から横方向に広がり,高さの低い方から充満されるような湯流れパターンとなった.このときも水平方向のような不安定流れは起こっていない. 上り傾斜の場合も下り傾斜の場合と同様に重力の影響が支配的となり,不安定流れにならず下から順に充満されたと考えられる. 空気雰囲気での上り傾斜の温度と流速ベクトルの解析結果を図9に示す.温度は堰から真っ直ぐの領域の温度が若干高く,横方向には中心から遠いほど温度が低下している. 流速ベクトルは堰部からの直進部分で大きく,中心から離れた位置では流速ベクトルは小さくなっている.
図8 空気雰囲気での上り傾斜+15.5°の実験と解析の湯流れパターン
図9 空気雰囲気での上り傾斜+15.5°の温度と流速ベクトルの解析結果

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 湯流れパターンに及ぼす傾斜の影響を図10に整理した.湯流れパターンが傾斜の違いによって大きく影響されることが分かる. 傾斜のあるものについては実験で不安定流れは起きておらず,これは重力の影響が支配的であるために不安定な流れにならなかったのだと考えられる. また,実験と解析の湯流れパターンにおける傾斜の影響を図11に示す.解析は比較的良く実験と一致していると考えられる.

図10 湯流れパターンに及ぼす傾斜の影響
図11 実験と解析の湯流れパターンにおける傾斜の影響

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4.2 低酸素雰囲気の結果

 低酸素雰囲気での水平方向の実験と解析の湯流れパターンを図12に示す. 解析は酸化被膜の生成し易さの係数C1を1.0,すなわち酸化被膜の影響を考慮しない状態であり,図4に示したC1が0.7の場合よりも溶湯が横方向に流れ易くなっていることがわかる. この解析と実験の湯流れパターンの傾向は比較的一致しているが,実験では途中から不安定流れとなっている部分があり,それを解析では表現できなかった. また,温度と流速ベクトルの解析結果を図13に示す.温度は堰から真っ直ぐの領域の温度が若干高く,横方向へは中心から遠くなるほど温度が低下している. 流速ベクトルも堰部で大きく,中心から側面方向に離れた位置ほど小さくなっている. 溶湯が広がりながら流れるため,空気雰囲気のものと比較して流速ベクトルは全体的に小さくなっている.

図12 アルゴン雰囲気での水平方向の実験と解析の湯流れパターン
図13 アルゴン雰囲気での水平方向の温度と流速ベクトルの解析結果

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4.3 高酸素雰囲気の結果

 高酸素雰囲気での水平方向の実験と解析の湯流れパターンを図14に示す. 低酸素雰囲気での水平方向の湯流れパターンについては図12に示したが,それとは大きく異なった様相を示しており,不安定流れも起きていない. これは酸化被膜の影響により横方向に広がらない直線的な流れとなるためと考えられる.また,温度と流速ベクトルの解析結果を図15に示す. 温度は堰に近いほど高く,堰から遠ざかるほど低くなる.そして堰の反対側の面にぶつかって以降は,反対側の面に近いほど温度低下が大きくなっている. 流速ベクトルは堰部で最も大きく,堰からの直進部分でも空気雰囲気のものよりも大きい.堰の反対面にぶつかって以降は,反対面の流速ベクトルは小さくなる.
図14 高酸素雰囲気での水平方向の実験と解析の湯流れパターン
図15 高酸素雰囲気での水平方向の温度と流速ベクトルの解析結果

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4.4 雰囲気の影響

 湯流れパターンに及ぼす雰囲気の影響について図16に整理した.全体的に解析結果は実験結果と近い結果が得られた. しかし空気雰囲気及び低酸素雰囲気の実験結果で見られた不安定流れについては解析では再現することが出来なかった. 高酸素雰囲気は酸化被膜が生成し易い環境であり,湯面に十分な酸化被膜が生成したために不安定流れを起こさない再現性のある湯流れが確認できたのだと考えられる. 一方で空気雰囲気や低酸素雰囲気といった低酸素雰囲気では湯面に生じる酸化被膜は薄く不均一であり,酸化被膜の薄い部分が破れることで不安定流れが生じるのではないかと考えられる. 本研究では酸化被膜が破れて湯流れパターンが変化するという状況を考慮していないために不安定流れを再現できなかったのだと考えられる.
図16 湯流れパターンに及ぼす雰囲気の影響

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5.結言

 その場観察により得られた薄肉平板鋳物の湯流れパターンを湯流れシミュレーションで再現できるかの検討を行い,以下のような結論が得られた.

(1) 空気雰囲気において下り傾斜(-15.5°)及び上り傾斜(+15.5°)の湯流れ解析は実験結果と良く一致した. しかし水平の場合は実験では不安定流れとなり,解析結果はあまり良く一致しなかった.
(2) 低酸素雰囲気での水平方向の湯流れパターンの実験結果と解析結果は比較的一致した. 解析では表面張力の影響のみを考慮しており,酸化被膜の影響を考慮していないため横方向に広がる流れとなった.
(3) 高酸素雰囲気での水平方向の湯流れパターンの実験結果と解析結果は比較的良く一致した. 解析では表面張力と酸化被膜の影響を考慮しており,横方向に広がらない直線的な流れを再現できた.
(4) 水平方向の湯流れにおいて空気雰囲気と低酸素雰囲気で不安定流れとなる場所が実験では確認できたが,解析ではこれを再現することが出来なかった. これは湯面に生じる酸化被膜の厚さ分布が不均一でランダムな場合,破れる場所もランダムになり,対称性・規則性のない不安定流れが生じるためと考えられる. また,湯面が酸化被膜を破りながら進んでいくときの抵抗についても考慮できればより良い解析ができると考えられる.

参考文献

1) 中江秀雄,奥田啓文,森雄飛:鋳造工学 85 (2013) 268
2) 森雄飛,奥田啓文,久保公雄,鈴木進補,中江秀雄:鋳造工学第160回全国講演大会講演概要集 (2012.5) 98
3) 久保公雄,福迫達一,大中逸雄:鋳物 53 (1981) 55
4) 平田直哉,安斎浩一:鋳造工学 78 (2006) 636



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